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年の瀬の更新なのに3月の旅行記の記事ってマジ?

2015年12月22日 01:24

どーも、みなさん。安定のnヶ月放置です。いつか更新しようしようと思っていたんですがね、、、えぇ。。

このnヶ月でいろいろとありましたが、とりあえず北陸旅行記を仕上げてしまいますかね。



電鉄富山から富山地鉄の特急に乗りました。

20150625-4.jpg


乗り込んだ車両は皆さんご存知の元西武5000系。

足回りは485系のものらしいですが、ローカル情緒溢れるのんびとした40分の道草となりました。

電鉄魚津で下車し、そこから北陸本線で再び北上。

と見せかけて、この改正でなくなる名列車を撮影することができました。

20150310-5.jpg

そう、北越急行の683系です。

JR西日本への転属が決まっていたため、赤い姿で走る韋駄天を見ることができたのはこれが最初で最後となりました。

スノーラビットを見送ると糸魚川へ。

20151221-1.jpg

糸魚川といえば、そう!糸魚川静岡構造線!フォッサマグナ!!!!

...反応する人は少ないですね。

糸魚川の駅は前にも来たことありましたが、新幹線開通を見越して駅舎が大きく変わっていました。

20150625-1.jpg

大糸線で活躍していたキハ52もこちらに安置していました。

軽く撮影を済ませると、今度は大糸線に揺られてひたすら南下しました。

この辺からひたすら雪景色を拝むことになりました。。。

松本駅に着くころにはあたり一面真っ暗。あとは快速に揺られて長野にいって休むだけ。

そう思いながら篠ノ井線のホームで快速を待っていてふと気付く。

「なんで松本~長野なんて運用なのに9両なんて快速走ってんだ??ん??」

20151221-2.jpg

この見覚えのある白い車体、そうこいつの正体はE257系であった。

20150625-2.jpg

どうやら松本~長野間の快速に1日1往復だけ運用に入ってるそうです。

この列車、実は新宿発松本行きあずさの運用から流れてきてるので、新宿発長野行き、と言えなくもない運用をしていた。

E257の快適な座席に揺られているとあっという間に長野に到着した。



長野のネカフェを出たのは5時半過ぎのこと。

一人旅の朝は早い。

長野駅から電車に乗って豊野駅へと移動した。

一面銀世界の寒さで身体が凍りついたような錯覚を覚えながらも2時間ほど外で撮影を続けた。

20150625-5.jpg

20150625-3.jpg

2枚目の189系普通は完全にノーマークで、車両が見えたときびっくりして変な声を出してしまった。

その後、お目当ての妙高号がやってきた。

20150625-6.jpg

>>HMが見えない<<

まぁいいです、久しぶりに189系を拝めただけでも。。。

これを撮るとすぐさま駅へと戻り、長野駅へと移動した。

朝食を済ませるとこの旅で最初となる観光地へと赴くために長野電鉄のホームへ向かった。

20150625-8.jpg

20150625-7.jpg

ん?ここは東京か?と言いたくなる車両のラインナップである。

地元でも乗り飽きた8500系に揺られて雪の善光寺へとやってきた。

20150625-9.jpg

雪のためか、はたまた行った時間が早かったためかお店は半分も開いておらず、静かな空間であった。

ぐるっと一回りしてお土産を買い込むと、また電車に揺られて日本海に向けて移動し始めた。

その際に利用したのが、115系を使用した臨時快速列車であった。

20150310-6.jpg

定期列車の20分後を走る6両編成なので、はっきり言ってガラガラである。

だが要所要所で停車時間を設けていたため、信越本線を味わうための列車として非常によかった。

で、直江津までやってきたのですが、この旅はほんと天候に恵まれたのか恵まれてないのかわからない旅でした。。。

直江津~長岡間の信越本線が一部運休となった区間があり、ほくほく線も強風により速度規制がかかっていました。

20151221-3.jpg

私の計画は元々ほくほく線を経由する予定だったので良かったですが、その後使う予定だったくびき野が運休になったりで予定変更の嵐でした。。。

最初で最後となったはくたかに揺られてほくほく線を快走。そのうちまた遊びに行きたいですね。

本当は沿線で撮影予定だったのですが、くびき野の運休とトワイライトが運休になってしまったなどの理由から、沿線撮影せずに六日町へと出た。

六日町からは上越線を下り、新津までやってきた。

20151221-4.jpg

新津に着くまでに会津のほうの雪がやばい、と情報を受けていたが、ここからの磐越西線は定時通り走ってくれた。

しかし喜多方を過ぎたあたりから銀世界へと突入した。私を乗せたキハ110は何事もなく会津若松に定着した。

が、横のホームには雪の怖さを感じさせる光景が広がっていた。

20151221-5.jpg

この日の磐越西線郡山~会津若松で大雪のため運休となっていた。

さて、私は冷えた身体を暖めに駅からすぐのところにあるスーパー銭湯へと立ち寄った。

2時間くらい時間を潰して22時に会津若松駅へ戻ってきた私。

この時間から2駅移動して西若松で下車した。

ここから、30分の雪中行軍を行った。(ネカフェが街道沿いにしかなく、歩くしかなかった)

足元が悪い、土地勘がない、ひたすら雪が降っているという3コンボでヘトヘトになりながらネカフェに到着。

すぐに倒れたのは言うまでもなかった。



翌朝ネカフェを出た私を待っていたのは、雪の山であった。

一晩経っても雪が止んでおらず、しんしんと降り続けていた。

この日は磐越西線の撮影を考えていたのだが、何もかも予定を白紙撤回して帰ることに専念した。

その前に鶴ヶ城へ。

20150312-2.jpg

どこを見回しても真っ白な世界が広がっていた。

撮影も観光もできたものじゃなかったので、西若松まで歩き、会津若松駅へと戻った。

20150312-1.jpg

この改正であいづライナーがなくなると言われてたので撮りに来たが、このような世界でどう撮れと言うのか。

車両は懐かしの旧東武直通485系であった。

253系に置き換わった際にこの485系は廃車になったものだとばかり思っていたので、思わぬ再開って感じでした。

再開したものの会津若松で発車していく同車を見送って続行の各駅で郡山へ行ったんですがね、お土産を買わないといけないので。。

会津若松を出発すると沿線に自分と同じ身長くらいの高さにまで積もった雪が広がっていて、これは駅から降りて沿線撮りとか考えられなかった。

うとうとしていると郡山に到着した、空は青空、雪などどこにもなく、会津と中通りでこんなにも違うのかと思わされました。

磐越西線で撮影しなかったため時間が余っていたこと、接続がよかったため、磐越東線にふらっと乗り込んだ。

特に書くことがなく、程なくしていわきに到着となった。

いわきからは各駅に乗って帰ってもよかったが、こいつに乗っておかないと、と指定席券売機へ走った私。

2015年3月改正では北陸新幹線やトワイライトEXPに注目が集まったが、スーパーひたちの名前がなくなることにとても衝撃を受けた。

20151221-6.jpg

幼い私の二大特急といえばスーパービュー踊り子とスーパーひたちであった。スーパーというバブリーな響きが気に入っていたのだが。

いわきから1時間、水戸でE657系を見送り、あとからやってきたE531系に揺られて北千住を経由して帰宅した。



すいません、半年くらい放置しました。。。もはや1年前みたいな旅行記を今更書いてるとか、意外と覚えてるもんですね。

そういえば、カメラ買いました。EOS 7D MarkⅡです。15回払いのローンを組んで再来年の3月までこつこつと払っていきます。

それではまた、気が向いたら更新します。みなさんごきげんよう~
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